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どら猫マリーのDV回想録 その11

ポーとエリー と アッパ 

「ちがう。ぶーんしたの。ぼんって、おもしろかった」
くすくすと笑いだす。
思い当たる。帰宅するなり、にやにやとスマホを見せた夫。そこには、服のまま海に入り、何とも言えない笑顔で泳ぐポー。軽く投げ入れ、一緒に遊んだらしい。
スマホの画面には、ちゃぷちゃぷと前に進むポー。
2人してどこに行っていたのだろうと思っていたら、近所を散歩していたのだ。

ポーのアッパの、こういった彼のマメなところは私の父親にはなく、何をするにも構えた姿勢だった両親に育てられた私にはとても新鮮でありがたいことだった。
お風呂が終わって子どもたちが飛び出しても、ビールを片手にバスタオルに手を伸ばす。
自分の晩酌の手を止めるでもなく、邪見にするでもなく、自然と受け止めわしゃわしゃと拭いてくれる。そういう人アッパ=父親だった。

父親が運転する車がトラックにはねられ横転。右ひざがまがらなくなってしまった、そんな彼が選んだのは、父親の仕事を手伝うこと。農業と漁業の兼業だったが、その地方は「熊手ひとつで大学へ行く」ということわざがあるほど、豊かな地方だ。
「ポーのアッパ」の仕事は、「熊手ひとつで大学へ行く」ということわざがあるほど豊かな地方の、家業を手伝っての農業・漁業兼業だ。後ろには湧き水の出る山。目の前は海。蛍の生息も確認される自然環境。鶏を描けば足が4つある、という都会の近代教育の限界を懸念していた私は、この場所は子育てに最適だと感じていた。

きっと、あの時の記憶をポーは思い出していた。となると、ちょうど2歳になったころ。
「似てるの?」とスマホ画面の海の絵を見せて尋ねる。するとぽーは以外にも首を振った。
「もしかして、音?」
そう尋ねると
「ざーんざーん」
と言い、涙を拭き、オヤジのような音を出して鼻をかんだ。
そうだったのか。
記憶は何も、視覚的な物ばかりではない。声、手の温かさ、いっしょに過ごしたすべてはどのように伝わり、どう残るのだろう。味や匂いで忘れていた想い出が蘇ることがある。
ポーは忽然と消えてしまった父親や、住んでいた家のことをここかしこで思い出していたのだろうと思う。

 

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