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どら猫マリーのDV回想録 その12-2

ベビーシッターさんのこと Ⅱ

「本、チョアヘ(好き)なんだね」

彼女は独特の韓国語を使用した。
エリーが産まれてしばらくは、公費でベビーシッターさんがやってきた。
行政に申請すると最大2週間、無料でベビーシッターを申し込むことができた。たしか、10:00~16:00の間に家に来て、出産後の母親や産まれた子どもの世話をする。時には、産後の体のケアとして、アロママッサージをしてくれる人もいる。ポーの時も、65歳くらいの優しいおばさんが来てくれていた。おばさんは、私が産後を過ごす嫁ぎ先の環境が悪すぎる、と代わりに涙を流してくれもした。

その頃は、日本の親の支援でどうにかマンション暮らしができていた。その部屋のチャイムが鳴って、初日は確か、行政の人と訪れただろうか、どうだったのだろうか。
「日本の方って聞いて、私、日本語出来るし、いいかなあって。で、私行きますって言っちゃったんだけど」と、柔らかい声の人だった。

安産で、産後の肥立ちも良い私は、様々な点で恵まれてはいた。ただ、ポーの出産から以降、あまりにも不幸な出来事が続き、ポーの乳児期の子育てを十分にしてやれなかったと感じていて、慢性的に気分が暗かったようにも思う。
しかし、おしなべて、母体は元気だった。

シッターさんが自己紹介をすると、名前は韓国語のものだった。
しかし、なんというか、言葉が日本人のそれで、私は混乱した。
在日共胞の方かと思ったが、そうでもないらしい。

「あのう… 紅茶、お好きだったらありますよ」
と、元気なのにベビーシッターさんをお願いした気まずさから、私は日本から持ってきた紅茶を勧めた。当時の韓国は、紅茶が簡単には手に入らなかったのだ。

「え、ノム オレンマニダ(すごい、ひさしぶり)。飲んでいいの?
コマウォ(ありがとう)、エリーオンマの分も入れてあげるね。
ウユ(牛乳)あるね。ミルクティーにしようか。
私ね、紅茶、チョンマル、チョアヘヨ(ほんとに好きなの)」

私は思わず吹き出しそうになったのを覚えている。
発音も何もかも、韓国人が揶揄する日本人のそれ、だったからだ。とにかく、かわいらしかった。

これはどういうことだろう。韓国に憧れ、生活を始めてしまった方なのだろうか。

 

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