春 待つ こころ 障碍の児の思春期、ノート その1
響が高校生になろうと、している。
二十一世紀になって最初の夏に、堀切響は生まれた。
次の夏になる前、彼女はあまり長くは生きられそうにないとわかった。遺伝子の突然変異によるミトコンドリア病。ミトコンドリアは全身の細胞ひとつひとつの中にある小器官で、生命の活動の根幹となるATP(アデノシン三リン酸)を生成する代謝サイクルの重要な部分を担っている。
サイクルがうまく回らないと細胞が生きて機能するエネルギーが足りないことになる。
障害は全身に及ぶが、とくに大量のエネルギーを必要とする脳神経や心筋に強く症状が現れる症例が目立った。それでかつては、ミトコンドリア脳筋症と呼ばれることが多かった。
ミトコンドリア脳筋症。イヤな名前だ。ミトコンドリアという僕にもまるで謎、不気味に聞こえる言葉に、脳とか筋とかとても大事でいじったら痛そうな器官の名が直付けされている。そしてまとめは「症」だ。根本的治療法はない。
いったいどんな症状が出るのだろう、うちの娘の場合には。そしていつまで、元気でいられる? 主治医になった専門医に訊く。
それもまったくの謎、わからないということだった。