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春 待つ こころ 障碍の児の思春期、ノート 堀切和雅

ここまでの歩み 編  – その8 –

難病のミトコンドリア病をもつ僕の娘、響の高校入学式から始めた本連載。彼女はこれまでどのように生きてきたのか、知っていただきたい。生まれてから4歳近くでようやく立って歩き出すまでのことは、2005年7月4日~9月30日の中日新聞・東京新聞の夕刊連載「歩くように 話すように 響くように」に書いた(『娘よ、ゆっくり大きくなりなさい』2006年、集英社新書で書籍化)。

その続編「続・歩くように 話すように 響くように」(2006年3月20日~6月10日 同紙夕刊連載)全64回を、「ここまでの歩み編」として再録する(データ等は当時のものです)。

その8は新聞連載第25~28回に、メモ「ずっと後に思ったこと・少し」を添えて。


25
同病のひとたちなど

去年のこの連載 *を読まれた方には感じを摑んでいただけていると思うのだが、ミトコンドリア病の症状は患者により千差万別とは言っても、全体として、もっと重い。

 * 2005年の「東京新聞」「中日新聞」夕刊連載「歩くように 話すように 響くように」

響は乳児発症のLeigh(リー)脳症を疑われているが、リー脳症で4歳半まで現に生きていて、あんなに元気な子どもは他にいないようだ。

患者家族の会の会員にも参加の便が図られている、専門医の研究会に幼い響を連れて行ったときには、日本のミトコンドリア病研究の草分けのような存在の埜中征哉先生が、遊んでいた響を見かけて「元気だねえ!」と驚かれた。

中野和俊先生のもとで受けている投薬治療について話すと、「そうか。じゃ、可能性のありうることは総てやっているんだね」と言われた。そう聞いて、あらためて少し、安心した。

しかし、研究会では医師が、リー脳症について「フェイタルな病気」と発言しているのも僕は聞いた。英語のfatalというのは「致死的」ということだが、そのニュアンスは「死ぬこともある」より「必ず死ぬ」に近い。

この連載を読んでいただいて、響を知ってもらい、温かい声援も届いてうれしい。だが、響の現在は特別な「不幸中の幸い」の例だと思ってください。実際には、もっともっと重い病状と向き合っている、たくさんの子どもや、その家族がいるのです。

例えば脳卒中様発作を伴うMERAS(メラス)という病型では、発作を繰り返しダメージが深まるにつれて自分の子が別人のようになっていく、と母親が書くのを患者の会のメーリングリストで僕らは見ているし、大人の患者さんで、精神症状を呈している人の家族の苦労も読む。

外見的に症状は軽く見え、知的にも正常で、ただ尋常でない疲れやすさに苦しみつつ働いている人もいるし、何より、子どもがとうとう亡くなった、という報がメーリングリストに流れるのも、稀なことではない。そしてきょうだいでの発症もあれば、親子ともに発症する例もある。

それらの厳しい現実も踏まえつつ、響の笑顔も見てやってください。

この連載での響の役割──それは「きっかけ」のようなものかな、とも思う。つまり、響はなんと言ってもまだ4歳の女の子だし、姿には病気の深刻さが誰でもわかる形では表れていないし、「見やすい」。

それは入り口としては入りやすいので、ここで慣れて、もっと重い事例(響も将来そうなるのかも知れないのだが)にあたる人たちの存在にも、自然な関心を持ってくださればうれしい。この社会には病者・障碍者がじっさい多数在ることが、いつも意識にある方が何につけよい判断ができると思う。

そして忘れないでください。

僕らが響を愛するのと全く同じく、多くの病者・障碍者のそれぞれは、誰かにかけがえなく愛されているのです。

「続・歩くように 話すように 響くように」連載第25回より再録


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