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春 待つ こころ 障碍の児の思春期、ノート その1 堀切和雅

娘は入学式の席に、座っている。
高校からは特別支援校に行くことにした。
連れ合いは響の隣に、僕は響の斜め後ろのパイプ椅子に座っている。ここはもともとその学校の体育館・講堂の、舞台上の部分なのだ。小学部から高等部までの在校生は広い床の方にいて、壇上に新入生とその保護者、そして以前からこの学校にいて中等部から高等部に上がる進学生の椅子と車椅子が並んでいるという形。

軽くはない障碍を持つ大勢の中にいるのは、ひさしぶりかも知れないなあ。

病気が響の将来をほとんど見えなくしていると知ってももちろん、僕ら夫婦はいろんなことを試みた。また、試みずにはいられなかった。初めてのわが子の命が不確かなのはおそろしい。こんなにおそろしく悲しいことが他にあり得るだろうか? 人間はいずれみな死んで行くのだから、ってなこととはこれは次元の違う話だ。

まだ生きていけるかも知れないからには、少しでも動けた方がいい。寝返りさえなかなか打たず頸もなかなか据わらなかった響を療育の場に毎週連れて行く。体幹から指先まで、粗大運動から微細運動までリハビリテーションをする。といっても響の場合は機能「回復」ではない。そこに来ている赤ちゃんたちは、動くことや摑むことをイチから練習するのだ。それを扶けてもらうのだ。

見た目にも重い障碍の子どもたちもたくさんいた。何しろここは東京でも指折りの、日本でも最初期に開かれた療育の場所。車を長い時間運転して近県から、あるいはもっと遠くから例えば新幹線で、通っている子と保護者も多い。

長期間寝たきりだったからなのだろう、頭の形が扁平になっている子、見たこともないような細い脚を痛々しい(最初はそうとしか感じられなかった)形に折り曲げている子、いろいろな子どもたち。それでも指先だけでも動かそうと、あるいは座る姿勢を少しでもとれるようにと、子や親が、理学療法士や作業療法士や言語聴覚士が明るい広間でそれぞれの努力をしている。努力といってもそれは日常だから、それは日常であらざるを得ないから、その空気は一種穏やか。そう見える。

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