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春 待つ こころ 障碍の児の思春期、ノート その2 堀切和雅

「あっ、可愛い!」 と右の耳許に大きな声がぶち当たる。
もしや娘のこと?
そうなのだ。響が振り返った一瞬にその声はとびだした。

彼は僕の隣にいた眸の明るい少年。
車椅子の前にがっちり組み付けたテーブルに突っ伏すようにし、ひどく躰をねじらせてなんとか頭を挙げている。

響はずっと赤ちゃんで、子どもで……いままでずっとそう思いなしながらも高校の入学式の今日は紺の制服を着せていた。
といってもこの特別支援学校には制服はないから「なんちゃってJK」の既製服。

おかしいな。自分が高校生になる年頃には制服とかそういうものにはせいいっぱい反発していて、実際制服のない高校を選んだ。だけど、なにごとも人並みにとはいかない子どもを育てていると、七五三とか入学式とか節目の習俗にはむしろこだわる親たちになった。

遠く遠く想い出す。
住んでいた目白の家のそばの呉服店で求めた、深く鮮やかな青の浴衣。
ぜんぜん歩けない二歳の響に着せ、鬼子母神の祭りの夜を彼女を抱えて歩く。
浴衣は高価だったし姿勢のふにゃふにゃする響だからすぐにはだけてしまうのだったが彼女はわらい、また白い石鹸みたいな小さな手脚に、その青はとびきり似つかわしく美しかった。
汗が目に染み屋台の電球の光が滲むあの、夏の夜。

三歳の時には、着物を借りてお化粧をさせてお参りを。
拝殿のつるつるする木の床、まだまだ歩けぬ響は這いまわる。またまた着物ははだけ、髪を纏めたリボンもはずれて大変だ。

でも記念写真の時には響はしっかり正面を向いて、透きとおった明るさの笑顔でいてくれたな。その透明さを生まれた時からずっと彼女は持っていて、それは、まるで生まれる前の世界からそのまま持ちこしてきたみたい。

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