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春 待つ こころ 障碍の児の思春期、ノート 堀切和雅

ここまでの歩み 編  – その2 –

難病のミトコンドリア病をもつ僕の娘、響の高校の入学式の光景から始めたこの連載。が、なぜ響がこのように生きているのかを知っていただくには、彼女が人々の間でこれまでどのように生きてきたのか、お伝えしなければならないとわかった。響が生まれてから、4歳近くでようやく立って歩き出すまでのことは、『娘よ、ゆっくり大きくなりなさい』(2006年、集英社新書)にある。これは、2005年7月4日から9月30日までの「東京新聞」「中日新聞」夕刊連載「歩くように 話すように 響くように」がもとになっている。実は翌年にも「続・歩くように 話すように 響くように」というタイトルで、連載をさせていただいている(2006年3月20日~6月10 日)。

「ここまでの歩み編」では、その連載全64回を再録する。今回はその第5回~7回。



思うようにできない

響は極端な「不器用児」。それも小脳の問題に因る。

以前は、おもちゃについているスイッチやボタン類を、一切押せなかった。
指を伸ばしても、的を外してしまう。指の力自体も、弱い。
それは、手袋をさせようとすると、指が手袋内部に折り込まれてしまうくらい。

けれど少しづつは進歩していて、このごろ「うたえほん」の音源のボタンをプチッと正しく押したりする。床に落とした豆も、拾えるようになった。

こういうのは、2歳以下の子どもでもいつの間にか何でもなくできていて、どんどんさらに複雑な手の使い方を、放っておいても身に付けていくのが一般なのだろうが、僕らは響がひとつひとつ身に付けていく動作を、そのゆっくりさのおかげで、目撃し、その度に感心することになる。

いまだに、食事は介助が必要。普通のスプーンは持ちにくいようだから、連れ合いが「自由樹脂」というのを買ってきて、スペシャル版をつくった。

もともと「自分でやりたい」という意欲は強く、使えもしない箸をひったくって食べ物に突っ込んで口に持っていこうと、さかんにする。させてあげたいが、あまりにこぼすので、取り上げざるを得ない。

響は、「おはしー、おはしー」と言って泣き叫ぶ。

そうして手当たり次第に茶碗やコップを投げたあと、静かになった響はぽつりと、「おはし、できない」と言った。

次の工夫は鋏。
療育センターのOT(作業療法士)の阿部浩美先生に教えてもらって、手の自由でない人でもいくらか使いやすい鋏を手に入れる。イギリス製だった。握ったり開いたりしながら、紙に当てた刃を動かして行く、という複雑な動作は、響にとって難しい。

自由にいじらせていたら、目を離している間に左の小指を深く切ってしまった。

以来、鋏を使うときにも見張らなければならなくなったのだが、響自身も自分の手先に自信がなくなってしまったらしくて、「切る!」から「切って! 切って!」になってしまった。それがいつもだから僕らも疲れるし、響にとっても良くないのだが、再び鋏に取り組ませることが、うまくできないでいる。

「続・歩くように 話すように 響くように」連載第5回より再録


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