春 待つ こころ 障碍の児の思春期、ノート
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世界で、いま一人? ①
響の遺伝子変異の型は、世界で三例目、日本で初発見、と去年の連載に書いた。生化学的にはPDHC(ピルビン酸脱水素酵素)欠損症で、これは、糖分を細胞内でエネルギーに変換する回路の入り口近くで、必要な酵素が充分に生成されていないということ。
なぜそうなるのか、しつこく頼んで解析してもらったわけだが、結果はこう。
響の核遺伝子の、片方のX染色体(女性だから二つある)のE1αサブユニットという部分の、そのまた部分、エクソン4(エクソンは、DNAの中で最終的にメッセンジャーRNAに情報が転写され、特定のタンパク質の形成に資する部分のこと)の塩基番号379番のC(シトシン)がT(チミン)に転換してしまっているため、127番目のアミノ酸の半分がアルギニン(CGG)からトリプトファン(TGG)に置き換わってしまっている(R127W変異)。だから、そこでできるはずの酵素(タンパク質)が半分しかできないのだ。
「世界で三例」と聞いて、連れ合いの陽子は、「他の二人」がどうなったかを知りたがった。それで、響がこれからどうなるか、ある程度予想できるのではないかと思って。
だが、主治医の中野先生は、そこまで詳しい情報は得ていないようだった。海外の論文が情報源だから、症状や原因の記述は細かくあってもその人の一生が書いてあるわけではない。
僕の方は、連れ合いとは逆に、「他の二人」のその後については知らない方が良い、という考えに傾いていた。
去年(2006年)の12月に行われた、アジアの国々を中心とするミトコンドリア研究会で、響のケースがポスター発表されることになった。当日はもちろん出かけたが、響が発熱で入院したとき何度か病棟でお世話になった衛藤薫先生(女性)が、ポスターを前に参会者に説明していた。
記述は英語だし専門用語満載なので、その場では概要をさっと見て、あとで衛藤先生に元データをメールで送っていただくことにした。
掲げたのは、そのデータの1ページ目の図。
ブドウ糖をATP(アデノシン三リン酸)に分解する、生命の根源で働いているとも言えるTCA回路(高校の「生物」で習ったような……そしてその時は覚えなかった)の枢要な位置に、PDHCが関与しているのがわかる。
「続・歩くように 話すように 響くように」連載第36回より再録
―つづく―