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春 待つ こころ 障碍の児の思春期、ノート 堀切和雅



特別な靴

静かに座っている限り、響は普通の幼児と同じように見える。眉はきりりと凜々しいし(親にはそう見える)、好奇心満々の目は深く澄んでいる。

だが、喋ると、4歳半の子にしては発音が不明瞭だし、立って歩くと、その不安定さから、障碍のある子とすぐ知れる。歩行が不安定なのには、二つの理由がある。脳の中枢の障害から、筋肉の緊張が弱いことと、小脳の細胞に壊死があるらしく、平衡感覚がいまひとつなこと。

身体の歪みなどはないように見えるが、よく見ると一カ所。足の、土踏まずが落ちて、くるぶしから下がやや外反している。たぶん、筋力が弱くて足の弓形構造が支えきれないせいで、もし足が普通の形をしていれば、響の身長はあと1センチくらい高いのかも知れない。

それが常態だと、成長していく間に、骨が変形してしまう、と心配になった。東京の豊島区大塚にある「アルカ」という店が矯正用の靴を扱っていると知って、行ってみる。

土踏まずのところをぐっと上げた中敷きをセットした靴があり、既製品が響にぴったり合った。外歩きの時の、足首の支えも兼ねたハイカットの靴と、室内用のサンダル。

ドイツ製で、2足で10万円近くした。たいへんな出費だが、行政の支援で補装靴をオーダーメードしても、1足数万円の負担になる(世帯収入にもよる)そのドイツ製の靴は見た目は普通の靴だし、カッコ良かったから、買ってしまった。

響のPT(理学療法士)の調信子先生は、でも、訓練の時はその靴を脱がせる。靴の支持で、少しの時間でも足の骨格を正常な形に保つ方がいいのか、それとも少しでも自力で正常に復すように鍛えた方がいいのか、両様の構えで。

僕ら両親にも、どちらがいいのか分からない。響は細胞の活動力レベルでの根本的な弱さを持っているから、どんどん鍛えればいい、というわけにも行くまい。

しかし専門家たる調先生は、響の筋力の変化を、微細な点まで観察し、記憶している。
僕らはその説明を聞いて、いまの方針でいいんだろうな、と思う。

とにかく響も、その靴を気に入った。

―つづくー

「続・歩くように 話すように 響くように」
2006年3月20日~6月10日 中日・東京新聞夕刊文化面連載
より再録(データ等は当時のものです)。

 

ほりきり かずまさ はじめ編集者、つぎに教員になり、そうしながらも劇団「月夜果実店」で脚本を書き、演出をしてきた。いまや劇団はリモートで制作される空想のオペラ団・ラジオ団になっている。書いた本に『三〇代が読んだ「わだつみ」』『「30代後半」という病気』『娘よ、ゆっくり大きくなりなさい』『なぜ友は死に 俺は生きたのか』など。

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