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春 待つ こころ 障碍の児の思春期、ノート 堀切和雅


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こんにちは宗田さん

さて、小川さんがベビーシッターを続けられなくなって、僕らは本当に困った。
偶然の出会いではあったが、響にとって彼女以上の人はいないと思われたから。

考えを巡らせていたら、宗田裕美子さんを思い出した。
響きが生まれたばかりの産褥の時期に、知り合いの伝手で手伝いをして頂いた人。
もう成人した子どもたちのいる人だが、お電話してみると、相変わらず生きることを楽しむ意欲に溢れる、陽性の声が響いてきた。

都合のつく日に、ということで始めていただいたら、もうほんとに天才的。次々響を新しい遊びに誘い、響は楽しくて目が爛々。僕らが外出から帰ってくると、部屋の中には折り紙で作った蛙やら鶴やら、いろんなものが一杯。スケッチブックにはウサギやクマの絵が上手に描いてあって、響は「ひびきちゃんが書いたの」と言う。もちろん、宗田さんと一緒に、描いているつもりになった、ということなのだが。

宗田さんは響の言葉の発達も気にかけて下さって、また別の日、帰ると、居間のテレビには「テレビ」、トイレのドアには「トイレ」と書いた大きい紙が貼ってある。しかもその裏には、テレビやトイレ、それぞれの絵がちゃんと描いてある。カード式で絵と言葉の関係を覚えさせて、さらにそれを実物に貼り付けたらしい。

子どもの育て方について、ご自身の考え方をしっかり持っておられ、僕らにとっては「親」の先輩として、頼もしい。そんなふうにして僕らは、親だけでの子育てに悩む人たちよりも、却って恵まれた環境にあるのかも知れない。

「ひびちゃんは何でも分かっているのよ。うまく言えないだけで。あ、こんど人工芝みたいなマット買ってきてくれないかしら? 蹠を刺激すると、足の指もきれいに伸びてくると思うの」

何とかバランスを取ろうとするのか「グー」の形に丸まりがちな響の足指を気にかけての提案。疲れて惰性に流れがちな僕ら両親の日々にも新しい風を呼び込む。

宗田さんが来てくださるのは金曜の午後。その時間に玄関の呼び出し音が鳴ると、響は「そうだせんせい!」と言って遊ぶ気満々の顔になる。

「続・歩くように 話すように 響くように」連載22回より再録


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