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どら猫マリーのDV回想録 その10

マリーの逃亡劇 “アジア女性の連帯” PARTⅢ

モンゴル人女性が部屋にいる間は、ほかの3名は息をひそめる。
外出すると申し合わせたようにリビングに集まり、クスクスと笑った。

「大物だよね」
と、中国人女性が言うと、続いて、若いベトナム人女性が首を振りながらも笑いをこらいきれずに中国人女性の肩をばしばしと叩く。その中国人女性ときたら、ギプスをした歩き方の真似がうまいものだから、また笑う。彼女が文句を言い散らしながら部屋中をせわしなく動き回る姿をよく再現していた。

ちなみに、この悪い冗談には、世話人の韓国人女性たちも加わっていた。
何をしてあげても感謝のないモンゴル人に手を焼いていたのだ。

笑いながらも出勤の準備をテキパキとすすめ、ベトナム人女性は出かけて行った。
このシェルターに保護されるなり、彼女がまず口にしたのは再就職先の心配だった。
ベトナムへの仕送りが滞るのが困るのだという。片言ではあったが、ニーズのはっきりとした女性だった。生活態度も規則正しく、洋服の整理などをきちんとするところは私も見習うべきところだった。

中国人女性は、というと、保護と帰宅を繰り返していたようだった。保護され慣れている、というか、なんというか…。壮絶な経験がありながらも、夫への未練があった。
その壮絶な経験を口にしながら、中国に帰れば道が開けると言いながら、今後の行く末を決めかねていた。
彼女には3人の子どもがいて、上の2人は夫の住む家に置いてきたという。その理由が、
「何があっても、小学校高学年だし、自分で警察を呼んで逃げられるから」
というのだから、彼女の日常が慮られた

彼女は世話好きだった。姉御肌というのか、朝ごはんを作ってくれたり、新しく保護された人物の世話をしたり――そうすることで、自らの課題から逃げているのだということは、世話人たちは把握していた。
彼女の夫はもはや暴力のプロだった。殴る前、まず行うことは、携帯電話を便器に捨てることだった。なぜってそうすれば通報することはもとより、外部との連絡を絶てる。完璧な密室の出来上がりである。

韓国語もかなりでき、陳述書をパソコンで作成でき、生活も規則正しく、これといって問題行動もない私は、ではどのように見られていたのだろう。

私はもっぱら、世話人とだけコミュニケーションをとっていた。
世話人も、私をおもしろがってくれたし、かわいがってくれた。

シェルター内にはパソコンがなかったので、陳述書の作成を理由に、近所のネットカフェに行った。そのついでにソウル在住の日本人女性や、留学中に知り合った友達に会うなどして気晴らしをした。時間の合間には、日本で生活するために必要になりそうな資格試験の問題集を解いた。相当真面目な女だと見られていただろうし、事情のある女性特有の悲壮感は欠けていたかもしれない。

保護を理由にソウル生活を満喫する、おちゃらけた外国人。
そう捉えられてもしかたのないくらい、衣食住に満ち足りて、私の生活は、ある意味、優雅だった。他の女性たちに較べたら。

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