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歌は消えない ー 暗い時代の香港ポップスヘッダー画像

難以言喻的香港生活所思 ―香港の現在、言うに言われぬ思い-

番外編 歌は消えない -暗い時代の香港ポップス-

小栗宏太

(つづき)

ロックバンド RubberBand が同年6月に発表した『Ciao』も、似たような時勢を題材にした、香港を離れる友人へ送る惜別の歌である。歌詞自体は抽象的だが、ミュージックビデオでは香港を離れて海外に移住する家族の様子が描かれており、移民経験を題材にしていることがはっきり示されている。

“時代のせいでバラバラに そんな辛い別れだから辛い
この一瞬 ぼくらは一緒に 笑って泣いて
荒れ狂う波の中も それでも一緒だった
明日には誰が飛んでいくのか 嘆く暇もない
今晩のことを どうか一緒に荷物に入れて
この別離を乗り越えてほしい”     (作詞: RubberBand & Tim Lui)

「さようなら」という意味の中国語「再見」は、英語の「See you」などと同様に、文字通りには「また会おう」を意味する。

だが今日の香港で、この言葉を発して(そして受け取って)旅立っていく人々には、次の再会が訪れる保証はない。だから、この『Ciao』(これも「さようなら」を意味するイタリア語だ)という楽曲は、再会への願いをこめて、「”再見”(さようなら)と言ったら、”再見”(再会)する約束だ、だから”再見”(さようなら=また会おう)」と結ばれている。

この3組は、2022年の元日、香港のラジオ局が主催する歴史ある音楽賞をMIRRORと並んで受賞していた。その式典のネット中継を見ていて印象に残ったのは、壇上に上がったアーティストたちが次々に「香港」に向けた思いを口にしたことだった。

MC $ohoとKidNeyは「マネージメントにも感謝です。マネージメントは重要ですから。今の香港が多くの問題を抱えているのもマネージメント(管理)が良くないからです」と、彼ららしい掛け言葉を交えたユーモアで、香港の社会状況を風刺した。

C AllStarは「僕らは香港人のために音楽を作っている」と述べ、RubberBandは「この賞をすべての香港人に捧げます。今この瞬間、世界のどこにいようとも」「今香港にいる人も、すでに香港を離れた人も…僕たちは永遠に香港人だ」と語った。

同賞のリスナー投票部門で男性歌手賞と楽曲賞の二冠に輝いたMIRRORの人気メンバー姜濤も「(香港は)必ずアジアでナンバーワンになれると確信している」とコメントし、観客を沸かせていた。カントポップのスターたちは、こんな風に「香港」という場所に関する肯定感を、漠然と高めてくれる存在でもあった。

私はそれこそが、この暗い1年にカントポップが復活を遂げた1番の理由ではないかと思う。

この年には他にも、1980年代から90年代に活躍し、2004年に早逝した伝説的女優・歌手、梅艷芳(アニタ・ムイ)の伝記映画『梅艷芳』(Anita)が過去数年来の香港映画でトップとなる記録的興行収入を記録したり、東京オリンピックでの香港選手団が大きな話題を呼び、各地でパブリックビューイングが開催されたりもしていた。カントポップの再流行も、こうした現象と同じ文脈で捉えることもできるだろう。

人々はきっと「香港」という土地への愛着を、政治運動とは異なる形で肯定してくれる何かを、いろいろなものがなくなっても香港にはまだ素晴らしい歌が、誇るべき文化があるのだ「香港はまだまだやれるのだ」という感覚を求めていた。

私自身、MIRRORや他のアーティストたちの活躍を見て、この街の持つ底力を改めて感じた気がした。香港には「少なくとも歌はある」のだ、と。

 


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