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歌は消えない ー 暗い時代の香港ポップスヘッダー画像

難以言喻的香港生活所思 ―香港の現在、言うに言われぬ思い-

番外編 歌は消えない -暗い時代の香港ポップス-

小栗宏太

(つづき)

歌は世相を映す鏡だとか、歌は世界は変える力になるのだとか、そんな大袈裟なことを言うつもりはない。ただ暗い気持ちを照らし、言葉にならない思いを代弁してくれるような、そんな歌に出会うことはある。

立場新聞の特集が取り上げていたある女性は、2021年6月、民主派紙『蘋果日報』が廃刊を発表した日の夜、気持ちが落ち着かず、どうしても寝付けない中で、ただSerriniというインディーズ歌手の『Let Us Go Then You and I』(それでは行こうか、君と僕と)という歌を聴いていたという。

この曲は2018年に発表されたものだが、まるで今日の香港を予言したかのような内容の歌詞が、あらためて注目を集めていた。

“何もかもが失われた今日
空いっぱいの烽煙のなかに消えていった
この生命 未来を開く鍵はそれでも手の中にある
続けていこう 疲れも恐れも克服し
一瞬で撃退できる”                 (作詞:Serrini)

立場新聞が廃刊を発表した時、私の頭に真っ先に浮かんだのもこの曲だった。逮捕された立場新聞の幹部の中には、活動家としても著名な歌手デニス・ホーも含まれていた。彼女も2020年の年末に、このSerriniの曲をカバーした投稿を発表していた。あらためて聴くと、このカバーバージョンは、逮捕を覚悟で香港に残った彼女の決意の歌だったのではないかと思えるほどに、歌詞の一節一節が重く響いた。

 

《Let Us Go Then, You and I》

”もしも何もかも間違っていても
もしも何もかもが失われても
この生命はどんな試練にも耐え 砕けないもの
続けていこう 失望 疲れ 恐れ
なんだって撃退できる…
安心していきなさい 私も続けていくから”         (作詞:Serrini)

今日の香港において、歌手たちにどれだけの創作の自由が残されているかはわからない。デニスだけでなく、今年2022年2月には、2019年に『鍋底の約束』というプロテストソング*11 を歌った阮民安(トミー・ユン)も国安法違反容疑で逮捕された。

音楽に対する検閲は、より抽象的なポップスにも及びつつある。

2021年7月には、高校生が学内のイベントで、Dear Janeというロックバンドの楽曲『銀河修理員』を歌おうとしたところ、学校側から歌詞を変更して歌うよう通告を受けたという報道がされ、話題を呼んだ。同曲は恋人を守るために世の中と戦う決意を歌うラブソングだが、歌詞に「乱世」「抵抗」といった語句が含まれることを学校が問題視したのだ。

Dear Jane – 銀河修理員 Galactic Repairman (Official Music Video)

“痛みはあるが その他は良好
挫折はしたが まだ道はある
嫌な世界だが どこかにまだ 直せるところはあるはず…
なんとか補っていこう 逃れがたい悩みも
補修していきながら この乱世を一緒に老いていこう

道中で
消えた明かりを修理しながら
乱流の中の君に平安を祈るよ
ホントの愛とはどんな形でも
どれほどの傷にも耐えるもの
誰が見抜けるだろうか僕の
こんな勇気は勇気じゃない
腐り切った情勢には対抗するしかないさ
僕はなんとかして君を安心させたいから”    (作詞:黃偉文)

今後、このように直接的に政治を歌ったわけではなくとも、意味深な歌詞を持つ楽曲に対して、有形無形の締め付けが強まっていくだろう。その基準は取り締まる側の解釈次第であり、どんな歌が「安全ではない」とみなされるかは、もはやまったく予想がつかない。

*11 この歌については、倉田明子「香港、抗う人びとの歌 2」


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